にも狆らしくて好さそうである。
それで私は言葉を改め、
「実は、私は近日一つ狆を彫ろうというのですが、お宅の狆はいかにも種《たね》が好さそうで、これを手本にして彫ったら申し分なかろうと思うのですが、手本にするには手元におらないと仔細《しさい》な所を見極めることが出来ませんので、甚だ当惑している次第ですが、どんなものでしょうか、無躾《ぶしつけ》なお願いですが、この狆を一週間ばかり拝借することは出来ますまいか。もっとも狆の手当てはお習いして、決して疎略にはしません。一つ御無心をお許《き》き下さるわけには参りますまいか」
こう私は申し込みました。
すると、細君は大変驚いた顔をして私の顔を今さらのように眺めておりました。
「そうでございますか。貴方《あなた》が狆をお彫りになるのですか。でも、生物《いきもの》のことで、ちょっとお貸しするというわけにも参りませんよ。これはもう私の子供のようにして、こうして可愛がっていますんで、暫くも私の傍《そば》を離れませんので……」
というような挨拶《あいさつ》。
どうも、ちょっと話が纏まりそうでないから、もう何もかも本当のことをいって頼むより仕方はないと思い、……もっとも、いよいよとなれば、そうする考えでもいましたので、私はさらに押し返して、
「……実はまだ詳しいことも申し上げず、いきなり狆を拝借したいと申しては籔《やぶ》から棒でさぞ変にお思いでしょうが、私は、今回、皇居御造営について、貴婦人の御間《おま》の装飾に狆を彫刻することをお上《かみ》の方から命令されましたので、そのため、いろいろ好い狆を見本に探《さが》しておりますようなわけで、貴店《こちら》の狆がいかにも狆らしく美事であると、平常《ふだん》からも思っておりましたので、今日、実はお立ち寄りして拝借を願ったような訳なので……」
と、話し出しますと、細君は二度|吃驚《びっくり》というような顔をしている。
「まあ、そうで御座いますか。皇居御造営になるとか申すことは私どもも噂《うわさ》で承知しておりますのですが、すると、貴君は狆を彫って貴婦人のお間へそれをお納めになるのですか」
「そうなんです。それで鳥屋へも二、三軒行って見ましたが、どうも気に入った狆がおりません。とても、貴店《こちら》のに比べると狆のようにも見えませんので……これが、その彫刻をして売り物にでもしますのなら、気に入
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