に賛成して、組合へ這入《はい》るとなると、平生《ふだん》から仕事の上で侮蔑《ぶべつ》している所の谷中派の支配を受けねばならない。これは郊外へ退去するよりも一層馬鹿気ている。それもまあ好いとしても、修業盛りの弟子たちを何にも圧迫して叱責《いじ》めることはない。かれこれ、この組合規則なるものは甚だ不都合千万なのである。これはとても這入るわけには参らんというのがこの派の人たち一般の意向でありました。
しかしながら、既にこうして、府からの許可を得て組合規則を出して来たものに対して、不賛成であるからといって、反抗の趣意を申し立てるにしても、この際、反抗するだけの何らか確たる材料がないことにおいては、対抗的に運動することも出来ないということに気が附くと、皆々気を揉《も》んで、どうしたら宣《よ》かろうかとよりより協議するような有様であった。
すると、ここに金田兼次郎という人が一つの意見を提出しました。金田氏は元《もと》刀剣の鞘師《さやし》でありましたが、後牙彫商になって浅草|向柳原《むこうやなぎわら》に店を持っている貿易商人で、主《おも》に上等品を取り扱っているので、先生株の牙彫の人たちと懇意な間柄である(現時金田氏の二代目は日本橋区|大鋸町《おがちょう》に店がある)。今、一人、外山長蔵という同業の人たちも寄り合い、相談をした席で、金田氏のいうには、「それについて、私が思い附いた面白いことがありますが、一つ皆さんへ申し上げて見ましょう。実は近頃私宅へ牙彫家の人名録を作りたいから賛成してくれないかという相談を持ち込んでいるものがあります。この話を一つ利用しては如何《いかが》でしょう。というのは、先方も営利的に人名録を作るのでありますからこの際我々の方から相当補助してやれば、至急に調査が精細に行きわたって右の人名録は出来上がるわけでありますが、この現在の牙彫家の人数が明瞭《めいりょう》になった暁には、谷中派が出願した組合の人数が、同業者の三分の二に達しているかおらんかということが自然当局の方へも分ることになりますから、そうすれば当然成立すべき資格をもっていない組合が成立していることになって、谷中派の立場を覆《くつが》えさないまでも、根柢《こんてい》のぐらついたものであることを世間に知らせることも出来ますし、また、府の当局の許可が不当であったことをも掛かりの人たちに了解させること
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