なじみ》ではないんですよ。北元町にお出での時から知っていますよ」
 光明氏は静かに話す。
「それはまたどういう訳ですね」
「あなたは、北元町の東雲師匠のお店にお出での時分、西行《さいぎょう》を彫っていたことがありましょう」
「ええ、あります。それを知っているのですか」
「私は、毎朝、毎晩、楽しみにして、あなたの仕事を店先から覗《のぞ》いて行ったものですよ。確か西行は一週間位掛かりましたね」
「そうですそうです。ちょうど七日目に彫り上げました。どうしてまたそんなことを詳しく知ってお出でなのですか」
「それはこういう訳です。私の宅はその頃下谷の松山町にありましたので、其所《そこ》から日本橋の馬喰町《ばくろうちょう》の越中屋《えっちゅうや》という木地《きじ》商(象牙の)の家へ仕事に毎日行くんでしてね。その往復毎日北元町を通るんで、つい、職業柄、お仕事の容子を覗いて見たような訳なんで……」
 光明氏はちゃんと何もかも知っている。なるほど、名人になる人は、平生《ふだん》の心掛けがまた別なものだ。職業柄とはいいながら、他人の仕事をもかく細かに注目し、朝夕立ち寄って見ては、それを楽しく感じたとは、熱
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