をしてふいと去ってしまう。こういうことが幾度となく重なっていました。
 私は、妙な人だと思っていた。いずれ数奇者《すきしゃ》で、彫刻を見るのが珍しいのであろう位に思っていた。風采の上から、まず自分の見当は違うまいなど思っていた。とにかく私の記憶には、もう何処《どこ》で逢っても見覚えのついている人であった。

 すると、或る夏のこと、先年、私が鋳物師大島氏の家にいた時分、その家で心やすくなっていた牧光弘という鋳物師があって、久方ぶり私の仕事をしている処へ訪ねて来られた。久闊《きゅうかつ》を舒《じょ》し、いろいろ話の中に、牧氏のいうには、
「高村さん、あなたに大変こがれている人があるんだが、一つその人に逢ってやりませんか。先方では是非一度逢いたいもんだといって大変逢いたがっているんですよ。この間も行ったらまたあなたの話が出てね。是非逢いたいっていってました。あなた逢う気がありますかね」
 こういう話。これは珍しいと私は思った。
「私に逢いたがってる人があるんですって、それは誰ですね」
「その人ですか。それは石川光明という牙彫家ですよ」
 私はびっくりしました。
「ええ、石川光明さん、その人
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