まった」という思いが一杯になって、自分の所業を愧《は》ずかしく感じ、孔《あな》へも入りたく思ったのである。自分は相当の給料を貰い、まず心安くその日の生計《くらし》をば立て行くことの出来るは結構なれども、そういうことのために師匠譲りの木彫りを粗略にし、二年間も小刀の手入れをせず、打《う》っ棄《ちゃ》って置いたということは何とも済まない。これはこうしてはいられない。自分は元の道に帰って木彫りを再びやらなければならん。とこう決心しますと、もう矢も楯《たて》もたまらず、直ちに大島氏の家に行って、右の趣を述べ、大島老人は物の能く分る人|故《ゆえ》、引き留めもせず、誠に御尤《ごもっとも》だといって機嫌《きげん》よく暇をもらい、家に帰って小刀を磨《と》ぎはじめたことであった。



底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
   1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito
2006年9月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http
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