ました。

 この話を聞いて困ったのは私です。
 どう所置をして好いか分らない。後刻《のち》ともいわさず、今が今という速急な話……こうして困《こう》じ果てて考えている時間さえも今の人の話の容子では危《あぶ》ないほどのこと……ハテ、どうしたものかと考えた所で師匠は留守、帰りを待っている中には万事は休してしまう。これは実に困ったと真底《しんそこ》から私は困り抜きました。
 しかし、困ったといって、こうして腕を拱《く》んで、阿呆《あほう》見たいな顔はしていられない。どうにかしなければならないという気が何よりもまず先立って来る。あの百観音が今焼かれようとしている。灰にされようとしている。灰にされてしまったらどうなるのだ。……あの、平生《ふだん》から眼の底に滲《し》み附いている百観音が……自分の唯一のお師匠さんだったあの彫刻が、今にも灰になろうとしている……、もう、今頃はあのお姿のどれかに火が点《つ》いているかも知れない。焼け木杭《ぼっくい》見たいになっているかも知れない……そう思うと情けないやら、懐《なつ》かしいやら、またそれがいかにも無残で、惜しいやら、私はただもうふらふらとその現場へ飛んで
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