行きたくなりました。
 と、いって、私は、よし、その現場へ飛び込んだにしろ、その急場を扶《すく》うには是非入用な金銭を持っておらぬ。私に金銭などのある時節でありませんから。けれども、そんなことは問題ではない。何んでもあれ、とにかく、その場へ行って見なければ気が済まないので、私は立ち上がりました。
 そして師匠の妻君へ、理由を話し、ちょっとの暇を下さいと申した。すると、妻君も驚いた顔をして、それでは行ってお出《い》で、師匠が帰ったら、その事を話すから、という。では、どうかそう願いますと、私は師匠の家を飛び出しました。

 駒形から、枕橋までは、どれだけの道程《みちのり》でもない。私はドンドンと走って行く……
 その間にもまた考えましたことは、こんな独断《ひとりぎめ》なことを師匠の留守にして、もしや、師匠が帰って、馬鹿な奴だといって叱《しか》られるか知れない。というような心配を繰り返しましたが、叱られたらそれまでのことだ、ともう度胸も据《すわ》ってしまって、私は間もなく下金屋の店へ行き着きました。
 それから、私が、下金屋の主人と仲間とが三、四人一緒になっている前へ行って、私の来意を語り終るまでには、随分|間《ま》の悪い思いをしました。というのは東雲師自身がやって来たのなら話になるが、弟子の私では先方の信用がさらにないからです。先方は何んだか面倒臭そうに、いくらか軽蔑《けいべつ》したような顔をして碌《ろく》に話しを聞いてもくれません。けれども、私は、そんなことに閉口《へいこう》してはいられない場合ですから、ただ、もう百観音の運命が気掛かりでたまらないのですから、こう主人に話し掛けました。
「……とにかく、私に、あの俵の中のお姿を二、三体見せて下さい」
 すると、そんなことをされていじくら[#「いじくら」に傍点]れちゃ、仕事の邪魔になって困るという顔をしている。中には、見るだけなら見たって好《よ》かろう、と口を添えてくれたものもあった。私は彼らの返事は碌にも聞かず、もう脚《あし》がずんずん俵の傍に寄って行き、手は早くも荒縄を解いていました。
 ところで、私の考えでは、この百観音の中に、優《すぐ》れたものが五、六体ある。それを撰《え》り出そう。まずそれを撰り出すことが何よりも肝腎だ、とこう思いましたから、あっち、こっちと俵の縄をほぐしては調べて行くと、かねて目を附けているも
前へ 次へ
全5ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング