では儲けが薄い。素人《しろうと》の客に馬鹿念を入れてやって見たってしようがない。塗りのことなんぞ素人に分るもんじゃない」
などいう風に自分の意見を吹き込むので、度重《たびかさ》なれば、未亡人は利溌《りはつ》な人であっても、やっぱりその気になって、政吉の意見に従おうとする。それに政吉は当時師匠の没後ずっと師宅に寝泊まりをしていて、遠慮のない男で、夜になると、酒を火鉢《ひばち》で燗《かん》をしてのむなど甚だ不行儀で、そのくせ、必要な客との応対などは尻込みをして姿を隠すなど、なかなか奇癖のある人物で、私とはどうも性《しょう》が合いかねました。
 まず右のような行きさつで、私が一つこの際踏ン張るとすると、勢い兄弟子を下ッ取りにしなければならぬ。それも嫌《いや》なり。何ともつかずやれば成績は上がらず、かえって邪魔をされ、邪魔されて師匠の没後の家のためにならぬにかかわらず、のんべんだらりで附いているはさらに嫌なり。亀岡氏に話してこの成り行きを詳しくすれば、これまた自然同氏から未亡人へ小言《こごと》が行くことになる。何か物をいいつけるような形になってこれまた私の性として好まぬところ、あれやこれやにて
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