日、私は師匠の家で、例《いつも》の通り仕事をしている。その時分は仕事場は店でなく、二階が仕事場になっていて、表二階の方が私、奥二階が兄弟子の政吉の仕事場になっておって、皆々仕事をしていると、表通りをその頃の『読売』が声高々と読んで通るのを聞くともなく聞くと、「当所蔵前にて、高村東雲の作白衣観音が勧業博覧会において竜紋賞を得たり」と大声で読んでおりますので、一同はそれに耳を澄ますというようなわけでありました。それに師匠の家の隣家遠州屋という外療《げりょう》道具商でも外療器械を出品し、それが鳳紋賞を得たので、一町内から二軒並んで名誉のことだと、町内を行きつ戻りつ『読売』は読んで歩いては、師匠の家の前では特に立ち留まってやっております。その頃は事件のあった時には善悪ともにその当事者の家の前で特に声を張ってやったもので、蔵前では例の高橋お伝《でん》の事件などやかましかったものですが、これはまず名誉のことだというので騒ぎましたから、自然、そういうことが町内の人々、また一般にも噂《うわさ》高くなりましたのでした。
 十年の博覧会も目出たく閉会になりましたが、最初博覧会というものが何んのことであるか
前へ 次へ
全8ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング