》をした武士の一団を見たのであった。
 その武士たちは袴《はかま》の股立《ももだ》ちを高く取り、抜き身の槍を立て、畳をガンギに食い違えに積み、往来を厳重に警衛しているのである。
 私は風呂敷を背負って、気味が悪いが他の人も行くから其所へ進むと、
「小僧、何処《どこ》へ行くんだ」
と問いますので、師匠の用向きにてこれこれと答えますと、早く通れ、という。それから二、三ヶ所も、同じような警護《かため》の関を通り抜けて行く間に、早《はや》戦争は始まってるという話、今、道でシュッシュッと異様な音の耳を掠めたのは、鉄砲|丸《だま》の飛び行く音であったことに心附き、驚きながら半さんの家へ駆け込みました。

 半さんは長屋の中でも一番奥の方へ住んでいる。至って暢気《のんき》な人で、夫婦にて、今、朝飯を食べている所であった。
 ところが、驚いたことには、この騒ぎを、半さん夫婦は全く知らずにこうして平気な顔で朝飯をやってるということが分った時には、さすがに私も開《あ》いた口が塞《ふさ》がりませんでした。半さんは、私から、師匠の報告これこれということを聞き、また途中の様子を聞き、
「ハハア、そうかね。そいつは驚いた。ちっともそんなことは知らなかった。じゃあこうしちゃあいられないな」
と、急に大騒ぎをやり出しました。後で聞くと、半さんの妻君が少しお転婆《てんば》で、長屋中の憎まれ者になっていたため、当日の騒ぎのあることを知らせずに、近所の人たちは各自に立ち退《の》いたのだそうですが、世にも暢気な人があればあるものです。
 私と松どんとは、半さんの家《うち》の寝道具を背負い、もう一度出直して来ることをいい置き、元の道を通り抜けて、一旦、師匠の家に帰り、様子を話し、再び取って返して来ましたが、その時は以前よりも武士《さむらい》の数もさらに増し、シュッシュッという音も激しくなり、抜き身の槍の穂先がどんよりした大空に凄《すご》く光り、状態甚だ険悪であるから、とても近寄れそうにもありません。ソレ弾丸《だま》でも食って怪我《けが》をしては大変と松とも話し、一緒に家へ帰って、師匠に市中の光景などを手真似《てまね》で話をしておりますと、ドドーン/\/\という恐ろしい音響《おと》が上野の方で鳴り出しました。それは大砲の音である。すると、また、パチパチ、パチパチとまるで仲店で弾《はじ》け豆が走っているような音がする。ドドン、ドドン、パチパチパチという。陰気な暗い天気にこの不思議な音響が響き渡る。何んともいえない変な心持であります。私たちは二階へ上がって上野の方を見ている。音響は引っ切りなしに続いて四隣《あたり》を震動させている。其所にも此所にも家根《やね》や火の見へ上がって上野の山の方を見て何かいっている。すると間もなく、十時頃とも思う時分、上野の山の中から真黒な焔《ほのお》が巻き上がって雨気を含んだ風と一緒に渦巻いている中、それが割れると火が見えて来ました。後で、知ったことですが、これは中堂へ火が掛かったのであって、ちょうどその時戦争の酣《たけなわ》な時であったのであります。
 そして、小銃は雁鍋の二階から、大砲は松坂屋から打ち込んだが、別して湯島切通《ゆしまきりどお》し、榊原《さかきばら》の下屋敷、今の岩崎の別荘の高台から、上野の山の横ッ腹へ、中堂を目標に打ち込んだ大砲が彰義隊の致命傷となったのだといいます。彰義隊は苦戦奮闘したけれども、とうとう勝てず、散々《ちりぢり》に落ちて行き、昼過ぎには戦《いくさ》が歇《や》みました。

 すると、その戦後の状態がまた大変で、三枚橋の辺《あたり》から黒門《くろもん》あたりに死屍《しし》が累々としている。私も戦争がやんだというので早速出掛けて行きましたが、二つ三つ無惨な死骸《しがい》を見ると、もう嫌《いや》な気がして引っ返しました。広小路一帯は今日とは大分《だいぶ》違い、袴腰《はかまごし》がもっと三枚橋の方へ延び、黒門と袴腰の所が広々としていた。山下の方には、大きな店で雁鍋がある。この屋根の箱棟《はこむね》には雁が五羽|漆喰《しっくい》細工で塗り上げてあり、立派なものでした(雁鍋の先代は上総《かずさ》の牛久《うしく》から出て池《いけ》の端《はた》で紫蘇飯《しそめし》をはじめて仕上げたもの)。隣りに天野という大きな水茶屋《みずぢゃや》がある。甘泉堂《かんせんどう》(菓子屋)、五条の天神、今の達磨《だるま》は元岡村(料理店)それから山下は、今の上野停車場と、その隣りの山ノ手線停留場と、その脇の坂本へ行く道が、元は、下寺《したでら》の通用門で、その脇が一帯に大掃溜《おおはきだめ》であった。その側《そば》は折れ曲がって左右とも床見世《とこみせ》で、講釈場、芝居小屋などあった。この小屋に粂八《くめはち》なぞが出たものです。娘義太夫、おでん
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