いる場合ではない。自分も父のしたように、自分の父に対して、その危急を手助けしなければならない。――
 こう私は思い詰めぬわけに行かなかった。

 或る日、日暮れに、ふらふらと、黙って、師匠の家を出て、親の家へ帰って来ました。
 父は稀見《けげん》な顔をして、私を見ていました。母は、それでも、何かと私に優しいことをいってくれていました。
 私は父に向い、
「実は、世間がいかにも騒々しく、いろいろな噂を聞きますので、家《うち》のことが心配でたまりませんから、明日《あす》からあなたと一緒に商売をして、何なりとお手助けしようと思い、それで戻って参りましたので……」
 こういう意味のことを、恐る恐る述べました。それで父の意も解け、顔色《がんしょく》も和らぐことかと思ったのは間違いで、父は恐ろしく厳励《きび》しい声で、私に怒鳴りつけて来ました。
「馬鹿野郎、汝《きさま》は、もう俺《おれ》のいったことを忘れてしまったか。汝が初め、師匠のお宅へ奉公に出る前の晩、俺は汝に何んといった。一旦《いったん》、師匠の家へ行った以上、どういうことがあろうとも、年季の済まぬ中《うち》にこの家の敷居を跨《また》いでは
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