て来て、そんなことをしたものだという。やっぱり、今度のそれも大若衆がやったのであろうなど腹の中で考えて一層不安が増し、取り沙汰が喧《やかま》しくなるという風で、物情実に騒然たる有様であった。

 私は、師匠の店におって仕事をしている間、子供心にも、これらの世間話しを聞きますにつけて、自分の両親《おや》たちのことが心配でならないのでありました。一心に毎日の仕事をしている中にも、ふと、家のことを思い出すと、仕事の手を留めて、茫然《ぼんやり》とその事を考えている。今頃、父はどうしていられることだろう。母様は何をしていられることか。……と思い出しますと、どうもこうして師匠の家に自分だけ安閑とはしていられない気がして来るのでありました。
 自分の父は、幼い時、その親が身体《からだ》を悪くされたために、自分の身を犠牲にして、一生懸命一家のために尽くされたという。自分は、その父が家のために尽くしたという年齢よりも、まだ、ずっとおとな[#「おとな」に傍点]になっているのに、こうして、師匠の家に安閑として家のことや、親たちのことを他所《よそ》に見ているというは、何んたる不孝のことであろう。ここはこうして
前へ 次へ
全8ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング