まり、経済界が乱調子になったことでありますが、こういう世の中の行き詰まった折から「貧窮人《びんぼうにん》騒ぎ」というものが突発して来ました。
 或る人が中《なか》ノ郷《ごう》の枳殻寺《からたちでら》の近所を通ると、紙の旗や蓆《むしろ》旗を立てて、大勢が一団となり、鬨《とき》の声を揚げ、米屋を毀《ぶ》ち壊《こわ》して、勝手に米穀を奪《さら》って行く現場を見た。妙なことがあるもの、変な話しだ、と昨日目撃したことを隣人に語っていると、もう江戸市中全体にその暴挙が伝播《でんぱ》して、其所《そこ》にも此所《ここ》にも「貧窮人騒ぎ」というものが頻々《ひんぴん》と起っている。それは実にその伝播の迅《はや》さといっては恐ろしい位のもの、一種の群衆心理と申すか、世間はこの噂《うわさ》で持ち切り、人心|恟々《きょうきょう》の体でありました。
 また、或る人のいうには、
「何某の大店《おおだな》の表看板を打ち毀《こわ》して、芝の愛宕山《あたごやま》へ持って行ってあったそうな。不思議なこともあるものだ」
という話。その話を聞いているものは、誰も彼も、妙な顔をしている。昔、やっぱり米騒動のあった折に、大若衆が出
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