事をしながら考えましたが、ここに一つ名案が浮かんで来たので、私はそっと台所へやって行きました。
台所へ行くと、其所《そこ》に大根卸しに使った大根の切れッ端がある。それを持って来て、お手の物の小刀で猫の足跡を彫り出したのです。ちょうどそれは梅の花の形のような塩梅《あんばい》に……たちまちそれが一つの印形《いんぎょう》のようなものに出来上がったのを、私は見ていると自分ながらおかしくなったが、しかし、これが名案なのであるから、再びそれを持って台所へ行き、お勝さんのいないのを幸い、竈《へっつい》の灰を今の大根の彫りものの面へなすりつけ、竈の側やら、板の間やらへ猫の足跡とそっくりの型をつけ、あたかも、泥棒猫が忍び込んだというような趣向にした後で、私は鼠入らずの刺身のお皿を取り出し、美事に平らげてやったのでありました。そうして知らん顔をして店へ来て仕事をしておりました。
暫くすると、台所の方で、お勝さんの声で怒鳴っております。何を騒いでいるかと耳を立てると、案の条、鼠入らずの中の刺身がなくなっていることを問題にしているらしく、「あの畜生だ、あの泥棒猫の仕業《しわざ》だ」と怒《おこ》っている。
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