の小僧の身のこと、師匠のいい附けもせぬものを勝手に彫って見るなぞとはよろしくないと口小言《くちこごと》をいって将来をも誡《いまし》むべきであるのですが、今、こうして師匠自身も尊敬している坊様より、お礼の意味の金子《きんす》を幸吉へというて出されては、その処置に困ったのでありました。
 それで、師匠は、その一分銀の使用法を考えて、坊様が帰ってから、ちょうど時刻もお八ツ時《どき》となったこと故(二時から三時の間)思い附きて蕎麦《そば》の大盤振舞《おおばんぶるまい》をすることにしたのでありました。物価の安い時、一分の蕎麦はなかなかある。師匠の家庭は師弟平等主義で、上下の区別を立てず至極打ちとけた家風でありましたから、奥と店とが一緒で、一家内中が輪になって、そのおそばを食べておりました。

 其所《そこ》へ私が帰って来ました。
 師匠は私の顔を見ると、
「大きにご苦労だった。さあ、今日は蕎麦の大盤振舞だ。お前は蕎麦が好きだ。沢山にお食べなさい」
という言葉。私は少し合点行かず、平生《いつも》のお八ツとは大変に容子が違っていますから、何か、お目出たいことでもあったのかと、その由を師匠に聞くと、

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