ながら、起《た》って、その鼠を棚から卸して来て、掌《てのひら》に乗せて、つくづく見ながら、
「これは、どうも、まことによく出来ている。本物と私が見違えたのも無理はない。誰が彫ったのですか」
坊様の興味ありげな言葉に、師匠も初めて心附き、それを見ながら、
「これは、あの幸吉のいたずらでありましょう」
と答えました。
「そうですか。彼児《あれ》がやったのですか。これは私が貰って置きたい。私は実は子《ね》の歳なので、鼠には縁がある。これは譲ってもらいましょう」
「それはお安いことです。幸吉は今使いに参っておりませんが、いたずらにやった鼠がお目に留まって貴僧《あなた》に望まれて行けば何より……」
と、紙に包んで坊様に呈《あ》げてしまいました。
すると、坊様は、折角、幸吉が丹念に拵えたものを只《ただ》で貰うは気の毒、これを彼児《あれ》へお小遣いにやって下さいと一分銀《いちぶぎん》を包んで師匠へ渡しました。
私は留守のこと故、その場の容子《ようす》は見てはいませんから知りませんが、まずこうした順序の妙な事が起ったのでありました。そこで、ちょっと、師匠も困りました。実際ならば、まだほんの年季中
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