事師の身体を濡らすに用いた位のもの……ゲンバという桶《おけ》を棒で担《にな》い、後から炊《た》き出しの這入《はい》ったれんじゃく[#「れんじゃく」に傍点]をつけて駆け出した(これは弁当箱で消防夫の食糧が這入っている)。それから、差し子で、猫頭巾《ねこずきん》を冠《かぶ》り、火掛かりする。
 火消しの働きは至極|迂遠《うえん》なものには相違ないが、しかし、器械の手伝いがないだけ、それだけ、仕事師の働きは激しかった。身体を水に浸しながら、鳶口《とびぐち》をもって、屋根の瓦《かわら》を剥《は》ぎ、孔《あな》を穿《うが》ち、其所《そこ》から内部に籠《こも》った火の手を外に出すようにと骨を折る。これは火を上へ抜かすので、その頃の唯一の消火手段であった。
 で、この消し口を取るということがその組々《くみくみ》の一番大事な役目であって、この事から随分争いを生じたものである。何番の何組がどの消し口を取ったとか、それによって手柄が現われたので、消防夫の功績は一にこれに由《よ》って成績づけられたものです。それで、纏のばれん[#「ばれん」に傍点]は焼けても、消し口を取ると見込みをつけた以上、一寸も其所をば退
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