槍に進んで行こうと百掻《もが》いている。その間隔はたった十人か十五人位の人垣《ひとがき》によって押し隔てられているのですが、親も子の傍へ来ることが出来なければ、子も親の側へ寄って行くことも出来ない。心は矢竹《やたけ》にはやれどもわれ人ともに必死の場合とて、どうすることも出来ないのでした。

 しかし、私たち親子の一心が通ったものか、とにかく、親子は犇《ひし》と抱き合いました。
「もう大丈夫だ。俺が附いている」
 こう父が確《しっ》かりした声で、私を抱いていった時、私は、一生に、この時ほどうれしかったことはありません。私の父兼松は生粋《きっすい》の江戸ッ児で、身長《なり》こそは小さいが、火事なぞに掛けては、それはハシッコイ人物、……我子を両手に抱いたうれしさに勇気も百倍し、それから人波を押し割って元の道に引ッ返し、大神宮際の床店の所まで父は私の楯《たて》となって引き退いたのでありました。
 其所《そこ》で、父は、とある荷物の中から、一つの網戸を引っぱり出し、それを床店の屋根に掛けました。そうして、私の尻を押すようにして、私を屋根に上《のぼ》らせました(戸の桟《さん》を足場にして攀《よ》じ
前へ 次へ
全10ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光雲 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング