へ躍《おど》り上がり、箪笥《たんす》、長持《ながもち》を踏み越え踏み越え、やっと、雷門の脇の大神宮《だいじんぐう》様の脇を潜《くぐ》り抜けて、心ばかりは万年屋指して飛び込んで来ましたが、やはり恐ろしい人波でニッチもサッチも行かないのでした。

 私は何時《いつ》の間《ま》にか、雷門の方を向いて人波の中を泳いでいました。泳いでいるといって好いか、揉み抜かれているといって好いか。人間と人間との間の板挟《いたばさ》みにされ、両脚《あし》は宙に浮いて身体が波の動揺のままにゆさぶられているのです。そのくせ、眼には昼よりも明るい一面の火の幕がハッキリと見え、人の顔と、真黒な頭の頂天のチョン髷《まげ》とが影絵のように映っている。そうしたままで、また良々《やや》暫く揉まれ抜いていると、ふと、百千の人の顔の中から、父兼松の顔を見附けました。ハッと思うと同時に、父の眼顔《めがお》に、私を見附けたという喜悦《よろこび》の表情の動くのを見ました。父は、口を開《あ》いて、何かを叫び、両手を上へ揚げて、一心不乱に私の方へ突進して来ようと焦燥《あせ》っている有様。私は私で、父を見附けると、ただ、もう、父の方へ、一本
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