こっちの方は大したことはあるまい」と安心している中《うち》に、焼け延びるだけ延びた火の手は俄然《がぜん》として真西に変って来た。
「おやおや風向《かざむ》きが変った。西になった」
と、いってる声の下から、たちまち紅勘横丁へ火先《ひさき》が吹き出して来た。これは浅草の大通りだ。師匠の宅から正に半町ほど先である。と、見ると、火の手は、南進していたものが一転して東方に向って平押しに押し込んで、大通りに向う横町という横町へ、長蛇の走るよりも迅《はや》い勢いで吹き出して来た。今の今まで安心していた主人を初め、弟子、下職《したじょく》、手伝いに駆けつけた人々が、「もう、いけない。出せるものだけ出せ」というので、荷物を運び出しました。
荷物を運ぶといっても、人家|稠密《ちゅうみつ》の場所とて、まず駒形堂|辺《あたり》へ持って行くほかに道はない。手当り次第に物を持って、堂の後ろの河岸の空地《くうち》へと目差して行く。
荷物を運ぶのは何処《どこ》も同じことですから、見る見る中《うち》に、この辺は荷物の山を為《な》す。ところが、横丁々々から一斉に吹き出した火は長いなりに大巾《おおはば》になって一面火
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