所に襤褸屋《ぼろや》があって、火はこれから揚がったのだ。

 その夜は北風の恐ろしく甚《ひど》い晩であった。歳の暮に差し掛かっているので、町内々々でも火の用心をしていたことであろうが、四ツ時という頃おい、ジャン/\/\/\という消魂《けたたま》しい※[#「てへん+(「縻」の「糸」に代えて「手」)」、58−5]《こす》り半鐘の音が起った。「そりゃ、火事だ、火事だ」というので、出て見ますと、火光は三軒町に当っている。通りからいえば広小路《ひろこうじ》の区域が門跡寄りに移る際《きわ》の目貫《めぬき》な点から西に当る。乾《かわ》き切った天気へこの北風、大事にならねば好いがと、人々は心配をしている間もあらばこそ、火は真直に堀田原、森下の方向へ延びて焼き払って行く。ちょうど大通りの並木に平行して全速力で南進して行くのであった。
 この時、私の師匠東雲師の家は諏訪町にあることとて、火事は裏通り、大分|遥《はる》かに右手に当って焼け延びているのであるから、さして気にも留めずにいた。
「まず大きくなった所で、この風向きでは黒船町へ抜けるであろう。蔵前の八幡の方へ……小揚《こあげ》の方へ抜けて行くだろう。
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