》で、穴の明いた腰かけの板に客が掛け、床屋は後に廻《まわ》って仕事をする。側に鬢盥《びんだらい》というものがあって、チョイチョイ水をつけ、一方の壁には鬢附け油が堅いのと軟《やわら》かいのとを板に附けてある。客は毛受《けう》けという地紙《じがみ》なりの小板を胸の所へ捧《ささ》げ、月代《さかやき》を剃ると、それを下で受けるという風で、今と反対に通りの方へ客は向いていた。
夜分《やぶん》は土間から、一本の木製の明り台が立っていて燈心の火が細く点《とも》されていた。でも、結構、それで仕事は出来たもの。すべて何店によらず、小さな行燈《あんどん》一つを店先に置いて、それで店の人の顔も見えれば、書き附けの字も見えたものだ。明るさにおいても、ちっとも今とは違いはしなかった。燈火《ともしび》が明るくなればなるほど、人間の眼が暗くなるので、昔はそれでよかったものです。
湯屋では、八ケンというものが男湯と女湯との真ん中に点《つ》いていた。柘榴口《ざくろぐち》を潜《くぐ》って這入《はい》るのです。……柘榴口というのは、妙な言葉だが、昔から、鏡磨《かがみと》ぎ師は柘榴の実を使用《つか》ったもの、古い絵草子
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