になって行きました。
すると、それを見たお華客《とくい》先の大門通りの薬種屋の主人が、「これあいけない、富五郎さん、お前さんは水銀《みずがね》にやられたのだ、早速手当てをしなければ……」というので、その主人は一通りの薬剤のことには詳しかったので、解剤《げざい》をもって手当てをしました。すると、ようやく吃逆は直りましたが、声は全く立たなくなる。身体は利《き》かなくなる。まるで中気《ちゅうき》のような工合になって、ヨイヨイになってしまいました。
この時はちょうど私の父の兼松が九歳の時であります。九歳の時から一家扶養の任に当って立ち働かねばならない羽目になったというのはこれからで、その上弟が二人、妹が一人、九ツや十の子供には実に容易ならぬ負担でありました。
こういう風の一家の事情|故《ゆえ》、その暫《しばら》く前から奉公に出ていた袋物屋を暇取って兼松は家《うち》へ帰って来ました。家へ帰って来はしたものの、どうして好《い》いか、十歳にも足らぬ子供の智慧《ちえ》にはどうしようもない。けれど、小供《こども》心に考えて、父富五郎は体こそ利かぬようになったが、手先はまことに器用な人であったから
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