仏の青銅の肌のような色を出すようにという注文……それが五十円で出来るというのでした。すると、まず二百円で大仏全体が出来上がることになります。そうして、胎内に一つの古物見立展覧場を作るとして、いろいろの品物を買いこむのだが、この方には趣向を主として実物には重きを置きませんからまず百円の見積り……たりない所は各自《てんで》の所持品を飾っても間に合わせるという考えです。それで何から何まで一切合切での総勘定が三百円で立派にこの仕事は出来上がるというのでありました。
「よろしい。三百円、私が出します」
 と野見さんはいうのです。なにも経験、当っても当らなくても、こうなっちゃ、損得をいっていられない。道楽にもやってみたい。儲かれば重畳……いよいよ取り掛りましょう、ということになりました。
 それが三月の十五日で、梅若さまの日で、私が雛形を作ってから十日も経つか。話は迅《はや》く、四月八日釈迦の誕生日には中心になる四本の柱が立って建前というまでに仕事が運んでいました。最初はまるで串戯《じょうだん》のように話した話が、三週間目には、もう柱が建っている。実に気の早いことでありました。

 さて、カヤ[#
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