3水準1−92−58]《くわうばく》として、裾野も、森林も、一面に大瀛《たいえい》の如く、茫焉《ばうえん》として始処を知らず、終所を弁ぜず、長流《ながる》言はずや、不二の根に登りてみれば天地《あめつち》は、未《ま》だいくほども別れざりけりと、まことや今日本八十州、残る隈《くま》なく雲の波に浸《ひた》されて、四面|圜海《くわんかい》の中、兀立《こつりつ》するは我|微躯《びく》を載せたる方《はう》幾十尺の不二頂上の一|撮土《さつど》のみ、このとき白星を啣《ふく》める波頭に、漂ふ不二は、一片石よりも軽|且《かつ》小なり、仰げば無量無数の惑星恒星、爛《らん》として、吁嗟《ああ》億兆何の悠遠《いうえん》ぞ、月は夜行性の蛾《が》の如く、闌《た》けて愈《いよい》よ白く、こゝに芙蓉《ふよう》の蜜腺なる雲の糸をたぐりて、天香を吸収す、脚下紋銀白色をなせる雲を透かして、僅《わづか》に瞰《うかゞ》ひ得たり、この芙蓉の根部より匐枝《ふくし》を出だしたる如き、宝永山の、鮮やかに黒紫色に凝固せるを、西へと落ちたる冷魂の、銹《さび》におぼろなる弧線を引いて、雲と有耶無耶《うやむや》の境地に澄みかへれるは本栖湖にやあ
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