争ひて下界に下る、三合四合、皆天には霧の球、地には火山の弾子《だんし》、五合目にして一天の霧|漸《やうや》く霽《は》れ、下に屯《よど》めるもの、風なきに逆《さか》しまに※[#「風にょう+昜」、第3水準1−94−7]《あ》がり、故郷を望んで帰り去《い》なむを私語《さゞめ》く。この登山に唯一のおそろしきものゝやうに言ひ做《な》す、胸突《むなつき》八丁にかゝり、暫く足を休めて後を顧《かへりみ》る、天は藍色に澄み、霧は紫微《しび》に収まり、領巾《ひれ》の如き一片の雲を東空に片寄せて、透《す》きわたりたる宇宙は、水を打つたるより静かなり、東に伊豆の大島、箱根の外輪山、仙窟《せんくつ》に醸《かも》されたる冷氷の如き蘆《あし》の湖、氷上を跣《す》べりて僵《たふ》れむとする駒ヶ嶽、神山、冠ヶ嶽、南に富士川は茫々《ばう/\》たる乾面上に、錐《きり》にて刻まれたる溝《みぞ》となり、一線の針を閃《ひらめ》かして落つるところは駿河の海、銀《しろがね》の砥《と》平らかに、浩蕩《かうたう》として天と一《いつ》に融《と》く。
銀明水に達したるは午後七時に垂《なんな》んとす、浅間社前の大石室に泊す、客は余を併せて四
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