ころより、之《これ》を翳《かざ》し、山膚に皹《ひゞ》を入る。雲消えて皹も亦《また》拭《ぬぐ》ひ去らる、山色何の瑠璃《るり》ぞ、只《た》だ赭丹《しやたん》赭黄なる熔岩《ようがん》の、奇醜《きしう》大塊を、至つて無器用に束ねて嶄立《ざんりつ》せるのみ、その肩を怒らし胸を張れるを見て、淑美《しゆくび》なる女性的崇高を知らず。
 馬返しより太郎坊まで、羊歯《しだ》の小自由国や、蘚苔《せんたい》の小王国を保護して、樅落葉松の純林、戟《ほこ》を揃《そろ》へて隣々相立てるあり、これありて裾野の柔美式なる色相図《しきさうづ》に、剛健なる鉄銹色《てつしうしよく》を点《とも》し、無敵の冬をも呵《か》して、一路空山|料峭《れうせう》の天に向ひて立つものあるなり。
 太郎坊を出づるや一変して喬木を見ず、灌木はミヤマ榛《はん》の木の痩《や》せさらばひたるが僅《わづか》に数株あるのみ、初めは草一面、後は焦沙《せうさ》磊々《らい/\》たる中に、虎杖《いたどり》、鬼薊《おにあざみ》及び他の莎草《しやさう》禾本《くわほん》を禿頭《とくとう》に残れる二毛の如くに見るも、それさへ失《う》せて、霧|沸々《ふつ/\》として到る
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