て足れりと広舌《くわうぜつ》して、朝まだき裾野を往《ゆ》く。
 市街を離れて里許《りきよ》、不二の裾野は、虫声にも色あり、そよ吹く風にも色あり、色の主《あるじ》を花といふ、金色星の、夕《ゆふべ》下界に下りて、茎頭《けいとう》に宿りたる如き女郎花《をみなへし》、一輪深き淵《ふち》の色とうたはれけむ朝顔の、闌秋《らんしう》に化性《けしやう》したる如き桔梗《ききやう》、蜻蛉《とんぼ》の眼球の如き野葡萄《のぶだう》の実、これらを束ねて地に引き据《す》ゑたる間より、樅《もみ》の木のひよろりと一際《ひときは》高く、色波の旋律を指揮する童子の如くに立てるが、その枝は不二と愛鷹《あしたか》とを振り分けて、殊《こと》に愛鷹の両尖点《りやうせんてん》(右なるは主峰越前嶽にして位牌《ゐはい》ヶ嶽は左の瘤《こぶ》ならむ)は、躍《をど》つて梢に兎耳《とじ》を立てたり、与平治《よへいじ》茶屋附近虫取|撫子《なでしこ》の盛りを過ぎて開花するところより、一里茶屋に至るまで、焦砂《せうさ》を匂《にほ》はすに花を以てし、夜来の宿熱を冷《ひ》やすに刀の如き薄《すゝき》を以てす、雀《すゞめ》おどろく茱萸《ぐみ》に、刎《は》ね
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング