勺の室へ来て、海抜三千二百米と、棒杭《ぼうくい》に註されたのを見たとき、私は身の丈が急に高くなったような気がした。何故ならば、日本のあらゆる高山の絶頂を私たちは、もうここで超越しているからだ。南アルプスの白峰《しらね》、北岳、間《あい》の岳《たけ》にしても、北アルプスの槍ヶ岳、穂高岳にしても、三千二百米の高さには達していない。七合五勺で、日本アルプスの最高点以上の空に浮かび上っているのだ。「高いなあ富士は」と叫んだ、「そして大きい」とつけ足した。
八合目の少し下に鳥居があって、八合目からは浅間神社奥宮の管理に移っているのだそうだ。頂上からかけて、七合下りまで、銀流しの大雪が、槍ヶ岳の雪渓にちょっと似ているが、八月半ごろまでには大抵溶けて、九合目以上のと、内院火口にへばりついている残雪だけが、万年雪として残るらしい。傍《そば》で見ると、富士の万年雪の美しいのに打たれる。九合半のしし岩は、両あごを突きだした形をしていたが、震災のため下あごがもぎ取られて、落ちてしまったという。九合半を出外《ではず》れて、熔岩の一枚岩、約三丁の長さを、胸突八丁の絶嶮と称しているが、胸突なるものはいずれの登り
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