地の方向から、富士川下流の方へと両端を垂下して、陰鬱なる密集状態を作っているところは、まさに来らんとする雷雨を暗示している。山を石膏細工の人形とすれば、雲は衣裳で、あのようにまで、モデルの肢節にぴったり合って、屈伸するものとは思っていなかった。雲が延びると、裾野のぼやけた緑は、水底に揺らめく青草の波になった。さすがに樹海と草原だけは、劃然と境界されて、樹はかたまって藍をたたえ、草は群がって青をよどむ、樹海から立つ炭焼の煙が一筋ほうと中空に霞む。
また森林に入ってからは、途《みち》は前ほどに均《な》らされておらず、木の根岩角は、旧道のおもかげを存して古のお中道が、断絶された凧《たこ》の糸のように、頭上に懸かっているのが指さされる。石楠花は依然多いが、それに次いでは、高根いばらが多く、丈高い茎に大形の紅色の花を着けたのが、消炭《けしずみ》の火のように、かえって暗い感じをさせる。車百合、稚子《ちご》百合、白花蛇イチゴ、コケモモ、ゴゼンタチバナ、ヤマオダマキなどが、陰森たる白ビソ、米ツガ、落葉松などの下蔭にうずくまっている。ここの落葉松は、小御岳では風雪と引っ組んで、屈曲|匍匐《ほふく》して
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