合せて鳴き立てる。虫の声がその間に交る。ここ「天地の境」五、六合目の等高線、森林を境として、山を輪切りにしたところの御中道を彷徨《ほうこう》する私は、路の出入に随って、天に上り、地を下る、その間を、鳥と、虫と、石楠花が、永久|安棲《あんせい》の楽土としている。
ここに石楠花にとろけている生物が二個ある、一個は私である、一個は石楠花の花の中に没頭して、毛もくじゃらの黄色い毛だらけの尻を、倒《さか》しまに持ちあげ、蜜を吸い取っているアブである。私はアブに気がついたほど、まだ余裕があったが、アブの方では、人間などに傍目《わきめ》も触れず、無念無想に花の蜜の甘美に酔っている。だが遂にアブばかりでなかった、石楠花の甘ずっぱい香気は私を包み、アブを包み、森に漂って、樹々の心髄までしみ透るかのように、私までがアブの眷属《けんぞく》になったかのように。
この石楠花に対して、武田久吉博士は、シロシャクナゲなる名を用いておられる、博士によれば、シロシャクナゲは、本州中部の高山から、北海道にまで分布し、多数の標本を集めて見ると、葉裏全く無毛のものと、淡褐色の微毛の密生するものとある、無毛のものは、花の色
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