谷に沿うて、アルプス山を横切ったとあるを見つけだし、今は到底ゆける路ではないと不審を起して、氷河を踏査せられたところ、Aletsch 大氷河が被覆《ひふく》している底に、立派に保存せられた旧道路を発見せられた旨を記述せられている(Geological Sketches 第二輯、一八七六年刊)。氷河のない富士山は破壊力においてすら微温的であるから、時に雪なだれで森林を決壊し、薙《な》ぎを作ることはあっても、現に今度の大宮口でも、三合目の茗荷岳を左に見て登るころ、森林のある丸山二座の間を中断して、「なだれ」の押しだした痕跡を、明白に認められることは出来ても、人間がこわす道路の変遷の甚だしいのにはおよばない。後の富士登山史を研究する者が、恐らく万葉以来、一般登山者の使用した最古道、村山口の所在地を、捜索に苦しむ時代が来ないとも限らないから、私は大宮口の人たちに、栄える新道はますます守り育てて盛んにすべきであるが、古道の村山を史蹟としても、天然記念物としても、純美なる森林風景としても、保存の方法を講ぜられんことを望む。
 我祖先が、始めて神秘な山へ印した足跡を、大切に保存しないということは、
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