いが、六角形の笠石だけは、奈良の元興寺《がんごうじ》形に似たもので、掌《たなごころ》を半開にしたように、指が浅い巻き方をしている。瓦屋根の覆《おお》いを冠った朱塗の大鳥居には、良恕《りょうじょ》法親王の筆と知られた、名高い「三国第一山」の額が架かってある。鳥居は六十一年目に立て替える定めだそうで、今のは二十七回だと、立札がしてあるが、そんなことはどうでもいい。登山者の眼中には、金剛不壊《こんごうふえ》の山の本体の前に、永久性の大鳥居がただ一つあるばかりだ。神楽殿《かぐらでん》の傍《かたわら》には、周囲六丈四尺、根廻りは二丈八尺、と測られた神代杉がそそり立って、割合に背丈は高くないけれど、一つ一つの年輪に、山の歴史の秘密をこめて、年代の威厳が作り出す色づけと輪廓づけを、神さびた境内の空気に行《ゆき》わたらせている。
 この吉田口の大社は、大宮口の浅間本社と比較して建築学上、いずれが価値ある築造物であるかを、私は知らないが、大宮口は、山の社であると共に、町の神社で、町民の集団生活と接触するところに、その美しい調和力と親和力が見られるのに対して、吉田の浅間社は、礎石《いしずえ》をすえた位置が
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