こから廻り縁になって、別の一室にも、槍、薙刀《なぎなた》、鉄砲などが「なげし」にかけられて、山東京伝《さんとうきょうでん》的|草艸紙《くさぞうし》興味を味わせるのに十分であった。
 室へ戻って、友人にハガキを書いていると、富士の雲が引いて取ったように幕を明け、銀磨きの万年雪が、巨獣の斑紋《はんもん》のように二筋三筋キラリと光って、夏の富士にして始めて見るところの、威嚇《いかく》的な紫色が、抜打《ぬきうち》に稲妻でもひらめかしそうに、うつぼつと眉に迫って来る。「夕立気味あり」と書いてハガキを伏せたが、ほんとうに後になって思い知った。
 頼んだ強力《ごうりき》のくるまで、欄干によって庭を見ている。枝振りのいい松に、頭を五分がりにした、丸々しいツツジや、梅などで囲んだ小池があって、筧《かけひ》からの水がいきおい込んで落ちている。ことしの春遊んだ吉野山中の宿坊に似た庭景色だと思うが、あの色つやのいい青苔と、座敷一杯に舞い込む霧のわびしさは、およぶべくもない。

    四 富士浅間神社

 浅間神社の後《うしろ》からならでは、出すまじき馬を、番頭が気を利《き》かして、宿まで馬士《まご》にひかせ
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