し、残篇風土記に、巨摩郡西隈本木賊とあり、意《おも》ふにこの川の古名なるべし」、今も木賊が、この辺到るところに自生している。
材木小舎があって、男女七、八人、精々と労作をしている、木は唐檜《とうひ》が多く、飯櫃《めしびつ》の材料に、挽《ひ》き板に製している、晃平を使いに立てて、一泊を頼んで見たが、聞き入れない、一行は急流に架けた木橋を渡って、能呂川の対岸に出ると、北岳が頭を圧すように、近く空を劃《かぎ》って、頭抜《ずぬ》けている、「あの山の頂を踏んだ」という誇が、人々の顔にまざまざと読まれた。
十町ばかりも足をひきずって歩いたが、ここに川縁の広い沙原――下樺《しもかんば》という――を見つけて、今夜の野営を張ることにした、床は栂《つが》の葉で布《し》き敷めた、屋根は例《いつも》の油紙である、疲れた足を投げ出して、荷の整理にかかる、今日は殊に岩石の多い傾斜地を来たので、今までは一日一双か二双位の草鞋《わらじ》が、平均五双ずつを費やした、最も堅固なものにしていた麻の草鞋も、大穴が明いて、棄てるより外はなかった、繃帯《ほうたい》、絆創膏《ばんそうこう》、衣服の修繕の糸や針、そういうものが、
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