《いじょう》せられているから、北アルプスの高山で見るような、広々とした眺望は獲《え》られない。
 この白峰山脈縦断旅行も、これでおしまいになるのかと思うと、嬉しいような、気抜けがしたような、勝利の悲哀といったような、情《なさけ》ない心持が身に沁み泌みと味われて来る。

    信濃金梅・木賊(大樺谷に下る記)

 北岳三峰中の最北端まで来ると、石で囲った木の祠《ほこら》があって、甲斐が根神社と読まれた、そこから何百|米突《メートル》か低くなって、尾根の最北端に駱駝《らくだ》の瘤《こぶ》のような峰が、三個ほどある、これを私は仮に、三峰岳と名をつけた、この岳から谷が切れて、北に仙丈岳が聳えている、尾根伝いに北の方、甲斐駒を隔てて八ヶ岳と、その天鵞絨《ビロード》のような大裾野を見た、下りがけに小さな雪田が、二ツばかりあった、人々は雪を爪でガリガリ掻きながら、うまがって喰べた、ツガサクラや、黄花石楠花の間を伝わって、三峰岳の方に向いながら、途中から偃松《はいまつ》を横切って、大樺谷へと下りた、偃松が尽きると、春の低原地に見られるような、生々しい緑の草葉が、陰湿の土を包んで、その傾斜が森林の中ま
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