》めている、もうこの辺からは、雪田が幾筋となく谷へと繋がっている、高頭君の説明するところによると、日本北アルプス中の白馬岳の雪とは、比べものにならないが、十月頃の白馬岳なら、この位なものであろうか、ということである、一体が暖かい南アルプスに、このように雪が多いのは、未だ山上では、春であるからであろう。
 間の岳から北岳までは、北へ北へと、駿河甲斐の国境を、岩石の障壁が頽《なだ》れをうって、肩下りに走っている、その峰は皆剣のように尖れる岩石である、麻の草鞋《わらじ》が、ゴリゴリと、その切ッ先に触れて、一本一本麻の糸が引き截られるのが、眼に見るようで、静《しずか》に歩くさえ、砂でも噛み当てたように、ガリガリ音がする、あまり峻《けわ》しいから、迂回しようとして、足を踏み辷《す》べらすと、石の谿《たに》が若葉を敲《たた》く谷風でも起ったように、バサバサと鳴り出して、大きい石や小さい石が、ひた押しに流れて、谷底へと墜落するのもある、中途で石と石と抱き合って、停まってしまうのもある、その石の壁の頂には、偃松が多く、高山植物の中にも、ミヤマオダマキがうす紫の花を簇《むらが》して、岩角に立っているのが
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