》いで、けろりと静まりかえっている、谷底の風の呻吟《しんぎん》は、山の上が静粛になるだけ、それだけ、一層|凄《すさ》まじく高く響いて来る。

    汽船・電燈(農鳥山に登る記)

 白河内岳から西北へと向いて、小さな峰の塊を、二つばかり越えた、西の方面、木曾山脈が、手に取るように近く見える、三ツ目の峰の下の、窪んだところに、残雪が半ば氷っていた、岩高蘭《がんこうらん》や岩梅がその界隈《かいわい》に多い、踏む足がふっくりと、今の雨でジワジワ柔い草の床に吸い取られる、この辺から眼の前の農鳥山を仰ぐと、残雪が白い襷《たすき》をかけて綾を取っている、荒川の峡谷を脚の下に瞰《み》ながら偃松《はいまつ》の石原を行く、人夫たちは遥に後《おく》れて、私たち四人が先鋒になって登る。
 農鳥山は大約《おおよそ》三峰に岐《わか》れているようだ、手近を私たちは――後の話だが――仮に南農鳥《みなみのうとり》と名づけた、雪が二塊ばかり、胸に光っている、近づくほど、雪の幅が成長して大きくなる、雪の側はいわゆる御花畑で、四《よ》ツ葉《ば》塩釜《しおがま》、白山一華《はくさんいちげ》、小岩鏡《こいわかがみ》などが多い
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