た船は、爬虫類のやうに、濡れ色になつて、するりと乗り上げては、ついと下る、一方は石で、一方は水、急潮と静流が、衝き当り、波頂と波底との両方の点の間に、凹み谷が出来て、平坦の波紋が、網を打つたやうに、のんびりとひろがり、それを中心にして、周囲から白い尖波が、爪立つやうに小刻みに擦り寄つて、二三尺の高さの、小さい夕立となつて、水柱がザアと音して、頽《くず》れ落ちる、その中を蹴立てる船の姿は、沙漠を走る駝鳥のやうで、乗つてゐる私の頭の中では、せゝらぐ水につれて千本の小さい針が、さらさらと揉み合つてゐる。
えいえい声に切り抜けると、小沢の急灘が待ち設けてゐる、白い旋波が、上下運動を起して、岩石を乗り越え、二三尺も裳裾を引いて、跳舞する中を、船は舳《みよし》を垂れるやうにして乗り入れると、遁さじものと、船に添つて大浪の走ること、一反二反と、液体の自由の蜿りが、白蛇のやうに執念くも纒ひつき、逆流する波の速度と、正航する船の速度とが、一つに触れて、船は波頂の間に動揺するところを、黄蝶がふはりと舞ひ出で、波頭を掠めるばかりに低く水に影を映して、又ひらりと飛んでゆく。
眼の前を走りゆく両岸の光景は、
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