川楊《かはやなぎ》が押し流されて、河原へ仆れてゐる……葛《くず》の二ツ葉の細い蔓が、大石の上を捲いて、一端が川に垂れかゝつて、又反曲して空を握まうとしてゐる……崖の庇石には、ツツジが生えてゐる、川へ転げた石には、青苔がべツたりこびりついて、蘭科植物が、うつすらと生えてゐる……と見る間に、天竜川第一の難所と呼ばれた新滝《にひだき》の荒瀬にかゝると、川とは言へない大波が、むつくり起き上つて、※[#「革+堂」、第3水準1−93−80]鞳《だうたうふ》たる海潮音のやうに鳴りはためき、船は石と石との間に挟みつけられ、右巻左巻の大波小波の中で、押進《あふしん》の力を失ひ、漏斗《ぢやうご》の形をした中央の滅り込んだ波の底に落ちて、胴中から両断されるかと、冷いやりさせたが、さすがに海底と違つて、吸引力の無い浅瀬だから、又吐き出され、浮び上つて、ほつと一息吐いたかとおもふと、二三反するすると押し流された。それからしばらくは水の静けさ!
 こゝなる東岸は、福島といつて、さしも日本のパミ−ル高原、本州を横断する日本アルプスの雪山があるために、日本の屋棟《やね》の中心となつてゐる信州の、最南点であり、最低地点
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