て、寝惚けた姿をしだらなく大地に投げ出してゐる、ぼツと白壁が明るくなる、森がうつすらと、烟つぽい緑を、向うの山の懐に、だんだら、染めに浮かせる、起き上つて支度をする頃は、方々の家から、軽い炊煙が立ちはじめた。
 昨日は時又から、この村まで八里の間を、荷船に便乗したのであるが、その船はもう南へは下らないので、特別に一艘仕立てさせ、西の渡《と》まで、九里の間を下すことにした、高価を払つて買ひ切りにしたのであつたが、船へ来て見ると、旅商人が二人、ちやんと乗つてゐる、のみならず人の行李、鍋、釜、白樺の皮(薪材)まで、幅を利かせて積み込んである、山間の船頭には、昔の雲助のやうな、押の強い風が残つてゐて、買ひ切りであらうが、何であらうが、一人でも余計に乗せて、賃銭を取れゝば取り得としてゐる、併し先を急ぐ旅であるのと、重荷をしよつた旅商人に、苦労をさせるでもなからうと思つて、強ひて咎め立てもしなかつた。
 満島を放れるころ、朝日が東山の端を放れ、水の光が艶をもつて、石の傍を白くちよろ/\走るのが、魚のやうである、ふと見ると、西岸は日光を浴びて、樹の影が水に落ち、とろりと澄んだ濃藍の長瀞《ながとろ》に
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