、火孔から天に冲《ちゅう》したかとおもうと、山体は渋面をつくって、むせッぽい鼠色に変化した、スケッチをしていた人は、この瞬間とも刹那とも言いようのない、迅速な変化に、呆《あき》れ返って、写生の手を丸ッきり休めてしまった、そうしてひょい[#「ひょい」に傍点]と私と顔を見合せて、両方で決《き》まりの悪いような、話の解《わか》ったような、微笑を交換した、瞬間の変化は晴れた空のおとなしい光線にもあるが、このような、あわただしく、激しい変化が、液体なら知らず、固体のどこにあろうか。
まことに火山ぐらい、神経の尖《とが》って、感受性の鋭敏なものは、無機物|殊《こと》に固体の中では、見出されまいかとおもう、たとえば物に感触しやすい人々の皮膚の下に、青白い筋が立ったり、顔色がすぐ変ったりするように、火山の皮膚も、柔かい砂や、灰や、礫《こいし》が、ざわついているため、水の流れた痕《あと》も、雪の辷《すべ》った筋道も、鮮やかな美しい線条や斑紋を織り成す、富士の八百九沢に見らるる大日沢であるとか、桜沢であるとかいうのは、みんな流水や、墜雪の浸蝕した痕跡であるが、あの御殿場口から登り初めると、宝永山の火山礫
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