日本山岳景の特色
小島烏水

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)或《ある》地理書の山岳高度表で

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)各自三千|米突《メートル》前後の大岳を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)緑※[#「靜」の「爭」に代えて「定」、第4水準2−91−94]《りょくてん》
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 私たちが学生旅行をした時代には、日本の名山と言えば、殆んど火山に限られたように思われていた、富士山にさえ登り得らるれば、あとはみんな、それよりも低く、浅く、小さい山であるから、造作はないぐらいに考えていた、そのころ、今日でいう日本アルプス系の大山嶺で、私が名を知っていたものは、立山御嶽などいう火山の外には、木曾の駒ヶ岳(大部分黒雲母花崗岩より成る)ぐらいなものであった、いま憶い出しても笑わずにはいられないのは、その時代、或《ある》地理書の山岳高度表で、富士山の次に、白峰だの赤石山だのという、よほど高そうな山の名を見て何処《どこ》にある山岳だか、一向見当がつかない、学校の教員も友人も、誰も知っていたものはなかった。
 私は讃岐《さぬき》の産れで、国には崇徳上皇の御陵のある白峰という阜陵《ふりょう》がある、上田秋成の『雨月物語』や、露伴氏の作として、かなり評判のあった『二日物語』は、この白峰に取材がしてあるが、まさか、あの白峰じゃあなかろうと、真面目になって考えこんだものである。
 志賀重昂氏の『日本風景論』を読み耽《ふけ》るようになった時分は、山の名ぐらいは、おかげで少し知って来たが、この本は、火山岩や火成岩の山岳ばかりを書いて、水成岩のそれを、全部省略してあるため、白峰や赤石山については、やはり何も知るところがなかった、もっとも同書の「花崗岩の山岳」という章に、「日本の山岳中、火山岩に次ぎ、高邁《こうまい》なるは花崗岩に属し(秩父岩より組成せる甲斐の白根[#「白根」に白丸傍点]山系を除く)」とあるのを読んで、甲斐に白根なんていう山があるかしらんと思った、この白根と白峰とは、同一山で赤石山系中の最高点を占めていることは、今日は多少山岳地理に注意するぐらいの人は、誰でも知っている、これは私と同時代同年輩の人たちが、古来著名の火山以外、
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