の背中を目がけて、いきなり[#「いきなり」に傍点]大砲でも放したような、大音響が、音波短かく、平掌《ひらて》でビシッと谷々を引っぱたいた、頭脳がキーンと鋭く、澄んで鳴った、手をかけた岩壁まで、ぶるぶると震動したかとおもわれて、振りかえると、兜形《かぶとがた》をした焼岳の頭から、白い黄な臭そうな硫烟が、紫陽花《あじさい》のような渦を巻いて、のろし[#「のろし」に傍点]となって天に突っ立っている。
「また灰が降ったこったろう」「きのうの今ごろ、あすこを通ったが、今日だったら、どんな目に遇わされたことやら」私と嘉門次の間にこんな話が交わされた、二人は岩屏風に縫いつけられたようになって、焼岳を見詰めた、焼岳のうしろには、遠く加賀の白山山脈が、桔梗色の濃い線を引いている、眼を下へうつすと、神河内から白骨《しらほね》へと流れて行く大川筋が、緑の森林の間を見え、隠れになって、のたくって行く、もう前穂高の三角測量標は、遥か眼の下に捨《う》っちゃられて、小さくなっている。
 やっと山稜の一角に達した、この山稜は御幣岳(南穂高岳)の頂上へと、繋がって行く、しかも鋭利なる剃刀《かみそり》の刃のように、薄く光
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