って、空へ空へと躍り上って行く。
 ワゼミヤガワ(上宮川)谷も瞰下《みおろ》される、蝶ヶ岳も眼下に低くなって、霞沢岳は、雲で截ち切られてしまっている、この蝶ヶ岳、霞沢岳、焼岳の直下を、蛇のように小さくのたくっている梓川の本谷まで、私の立ってる山稜からは、逆落《さかおと》しに、まっしぐら[#「まっしぐら」に傍点]に、遮るものなく見徹《みとお》されるので、私は髪の毛がよだって、岩壁を厚く縫っている偃松を、命の綱にしっかりと捉《つか》まえて見ていた、そうして立ちすくむ足を踏み占《し》めて、空を仰ぐと、頭上には隆々たる大岩壁が、甲鉄のように、凝固した波を空に抛《な》げ上げ、それ自らの重力に堪えがたいように、尖端が傾斜して、頽《くず》れ落ちた大岩石を谷底までぶちまけている。
 御幣岳の肩へ、ミヤマナナカマドや、偃松を捉まえて、やっと這い上った、常念岳や大天井岳が、東の空に見える、谷底から、霧は噴梱のように、ボツボツと※[#「風にょう+昜」、第3水準1−94−7]《あが》って来て、穂高岳の無数の絶壁は、咽《むせ》んで仆《たお》れるように、肩から肩へと倚《よ》りかかって、私たちを圧倒しようとしている
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