て、森々たる喬木の蔭を潜る、すると小さな路がついていて、自然と崖を越して、河原へ下りる、鉱山発掘のあとの洞穴があって、その近傍だけは、木材を截って櫓井戸《やぐらいど》を組み合せ、渋色をした鉱気水が、底によどんでいる、暫らく休んで、鯊《はぜ》のつくだに[#「つくだに」に傍点]で、冷たい結飯《むすび》を喰べたが、折角あったと思った路は、ここで消えてしまっている。「犬は大丈夫かい」「エエエエ直《じ》っきに来ますわ」「どうしてあの崖を駈け登れるだろう」慕門次は笑っている、ひょいと見ると、鼻をフン、フン、やりながら、もういつの間にか、傍へやって来て、嬉しそうに尾を掉《ふ》っている。つくだに飯を喰わせてやる。
 また洲を伝わって行くと、山林局の立ち腐れになった小舎にぶつかった、川面が明るくなるかとおもうと、私雨《しぐれ》がそぼそぼと降り出して、たとえば狭い室のうす明りに湯気が立って、壁にぼーッと痣《あざ》が出来るように、山々の方々に立つ霧は、白い黴《かび》のように、森や岩壁にベタベタしている、そうして水分を含んだ日の光に揺れて、年久しく腐った諸《もろも》ろの生物の魂のように、ふわふわしてさまよって
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