ゼンタチバナの白い花や、日を見ることを好まない羊歯《しだ》類が、多くのさばって、もう血色がなくなったといったような、白い葉の楓が、雨に洗われて、美しい蝋石《ろうせき》色をしている。
 崖が蹙《せば》まったところは、嘉門次と人夫とで、仆《たお》れた木を梯子《はしご》代りに崖にさしかけ、うるさい小枝を鉈《なた》で切っ払って、その瘤を足溜《あしだ》まりに、一人ずつ登る、重い荷をしょった人夫の番になると、丸木の梯は、弓のようにしなって、両足を互い違いに、物を狙うように俯《かが》み身になって、フラフラしていたが、先に登りついた嘉門次は、崖の上から手を借して、片手で樅の幹を抱えながら、力足を踏ん張って引きあげる、私も登ったが取り残された犬は、丸太を爪で、がりがり引っ掻いていたが、駄目と見極めをつけて、あちこち川砂を蹴立てて駈けていた、崖は截っ立って、取りつくところもないので、悲しそうにきゃん、きゃん、啼いている、森の中へ入って行く私どものうしろから、水分の交った空気を伝わって、すがりつくように吠えるのが、どこまでも耳について聞える、嘉門次は口笛を吹いて、森の中に没しながら、自分たちの行く路を合図し
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