の中から、霧はもやもやと舞い立って、谷が一杯に白くなって、鉛で圧しつけられるようだ。
始めは上流とは思われぬほどに、川幅が濶《ひろ》かったが、谷が次第に蹙《せば》まって、水嵩《みずかさ》が多くなったので、左の岸の森へ入った、山桜がたった一本、交って、小さい花が白く咲いているのが、先刻の白花の石楠花とふたつ、この谷で忘られないものになった、足許には矢車草の濶い葉や、車百合の赤い花があったようだが、眼もくれずに踏み蹂《にじ》って行く、森がつきて河原に出ると、岳川岳の大きな岩石が、杓子《しゃくし》を並べたように、霧の中にうすぼんやりと炙《あぶ》り出されて、大きくひろがったり、小さく縮んだりしている。
イワス(岩壁の截《き》り立っているところ)にぶつかると、水が深くて急であるから、森の中へ潜り込む、そうしてまた森から吐き出されては、谷の中へと飛び込む。犬は森の中を潜るたびに、ビッショリになって、川縁へ下り立つたびに、プルプルと総身を震わせては、水を切っている。
槍ヶ岳から落ちるという槍沢は、崖になって、雪が綿のように白い、その下から水がすさまじい幅濶の滝になって、落ちて来る、河原には蓬《
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