肩が、白く剥《は》げて、この谷へ一直線にくずれ落ちている、白出しの尾根はあれずらあと、嘉門次は、雲の絶え間を仰向いて言ったが、私は、ことしもしくじった[#「しくじった」に傍点]笠ヶ岳の残雪に、執念を残さないわけにはゆかなかった。
独活《うど》が多くなって、白い小さい花が、傘のように咲いている、変に人慣れないような、青臭い匂いが、鼻をそそる、谷から谷を綾取るようにして、鶯が鳴き出す、未だ溶けそうもない雪の塊まりが、鮮やかな白さを失って、灰に化性《けしょう》したようになって、谷の隈に捨てられている、昨日通った槍ヶ岳の山稜から、穂高岳へとかけて大きく彎曲した、雁木《がんぎ》のようなギザギザの切れ込みまでが、距離の加減で、悠《ゆ》ったりと落ちつきはらって、南の空を、のたくっている、それでも尖りに尖った山稜の鋭角からは、古い大伽藍の屋根の瓦が、一枚一枚|剥《め》くられては、落ちて砕けて、長い廻廊《ギャラリイ》に足踏みもならぬほど、堆《うずた》かく盛り上ったように、谷の中は、破片岩が一杯で、おのずと甃石《たたみいし》になっている、鱗《うろこ》がくっついているのかとおもう、赤くぬらくらしたのもあれ
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