から見おろすと、傾斜面は青い草で、地の色も見えないほど、ふくらんで、掻巻《かいまき》でもかけたように温かそうである、が下り始めると、大きな石や小さな石が、草むらの底に潜《ひそ》んで爪先をこじらせたり、踵《かかと》を辷《すべ》らせたりする、足の力を入れるほど、膝がガクガクするので、支えるさえ大抵ではなかった、ゴム引の黒い雨外套と、頭巾とですっかり身を包んで眼ばかり出していたが、どうかすると、青草の間の石楠花の、雨をふくんだ白い弁に、見惚れては尻餅をつき、行儀悪く両足を前に投げ出して、先へ立って行く嘉門次に、うしろを振り向かせた、私の後からは、荷かつぎが一人|跟《つ》いて来る、私の辷るたびに急に下り足を停めようとしては惰力でよたよたしながら、杖を突いてどうやらこうやら踏み止まる、威勢よく先に立つのは、嘉門次の連れた犬ばかりである、私は辷るのが怖いので、斜面に曲線を描きながら二人の間に挟まれるようにして、それでも次第に谷の中へ下りて来る、下りて来るというより、谷底へと呼び込まれる。
谷の始まりと思うところには、青草で包まれた小山が、岬のように出ている、小山の向うが左俣谷で、こっちが右俣谷で
前へ
次へ
全79ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング